塵一粒

同人誌やイラストの感想とか雑記とか。同人感想は作者さん向け。

【感想】かくれんぼ【山の民】

『かくれんぼ』

コミックマーケット96(2019年夏)発行。

 

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 きびさけさん(きびさけ。紅楼夢く-13b (@kibisake) | Twitter)の古明地姉妹本です。背中合わせの古明地姉妹を、互いのサードアイのコードが囲んでいます。夕暮れ時の、くすんだ黄色みがかかった色合いが、もの寂しさを感じさせます。さとり様の顔の影が良いですね…。

 

 いきなり後書きに言及するのもアレですが、きびさけさん椛以外の本初めて出したんですね……いきなり古明地本でこの完成度。すごい。

 

 冒頭、お燐とお空が可愛い。きびさけさんの作画だと妙に幼い二人、さとり様に甘える姿がべらぼうに可愛い。ほっぺを撫でられるお燐なんて尋常じゃない可愛さですね。寝落ちさとり様のソファの後ろから、お空の翼が見えてるのに気づいて笑いました。

 増えたペットたちの遊び相手になってほしいということで、かくれんぼをすることになったさとり様。心を読めるのに鬼役をやらされる地霊殿の主ですが、お空の心から真意を聞き、嬉しそうにやる気を出すのが可愛いですね。カーテンにくるまるお空も可愛い。

 

 ペットたちを全員見つけ、一息つくさとり様可愛い。しかしそこで妙な予感を覚え、部屋の中を今一度調べると、こいしちゃんがクローゼットの中から現れます。

 こいしちゃんが思わずこぼした、「なんで?」という言葉。自分があなたのお姉ちゃんだからと返すさとり様。これで前半(Aパート)終了なのですが、この流れがあまりに素敵すぎるのです。

 

 特筆すべきは「……なんで?」と言った時の、こいしちゃんの表情でしょうか。この一言に、あまりに多くを感じてしまいますね…。

 そもそもこいしちゃんは誰にも何も言わずに勝手にかくれんぼに参加しており、さとり様ではこいしちゃんの心を読めない・存在に気づけない。見つけられないどころか、そもそも探されることもないのです。

 それをわかった上で隠れたこいしちゃん。暗いクローゼットの中で膝を抱えながら、彼女は何を考えたでしょうか。誰も自分を探さないはずなのにという自嘲か。少なくとも期待などではないでしょう。しかし、さとり様は問答無用で彼女を見つけ出します。

 よく考えれば、ここまででこいしちゃんの存在は一切話に出されておらず(冒頭のさとり様の回想で何か匂わせる描写はありましたが)、読者的にも取り合えずこいしちゃんの存在は意識から外れています。さとりんとペットたちの交流話から、何のヒントもなくこいしちゃんを探し始めるのは唐突感もありますが、最終的に泣きながら「そうだよな、お姉ちゃんだもんな」となるので何も違和感がない。

 そして同人におけるこいしちゃんの物語の定番として「姉妹のすれ違い」「目を閉じるに至った悲劇」があると思います(私の偏見なので、気を悪くしたこいしちゃんクラスタの方には申し訳ない)。「なんで?」と言った時のこいしちゃんの、嬉しいとか以前に理解が追い付いていないという顔が彼女の抱えるものを想像させ、同時に温かい結末に彼女が救われるという流れが、もう……もうね、泣ける(唐突に消失する語彙)。

 

 そしてびっくり、ここまでで半分です。さとり様がこいしちゃんを探そうと思い立った事情など、語られない部分は後半Bパートで補完されるのですが、それがなくても深く納得し充足感を得られる程にAパートの完成度が凄い。

 

 Bパートはこいしちゃんの過去と現在を織り交ぜて展開されます。さとり様の反対を押し切ったことで意地になっていたのか、かくれんぼ中日が暮れるまで来ない鬼を待つこいしちゃん。廃屋を勧められた時どんな酷いことを思われたのかはわかりませんが、少し戸惑うような笑顔が切ないですね…。そんな彼女を見つけたのはさとり様でした。どうして見つけられたのか、どうして探しにきてくれるのか。そんな問いに答える、過去と現在のさとり様が重なります。この優しい表情がグッときます。

 さとり様の「あなたが呼ぶなら私はいつだって駆けつける」。ここでお空の心の言葉が蘇ります。「見つけてほしい、見つけて触れ合ってもらえるだけで嬉しい」。お姉ちゃん大好きなこいしちゃんもそれは変わらないんですね。見つけられないと思っていても、見つけてほしい。そしてさとり妖怪の力なんて関係なく、約束通り探し出してくれるさとり様。

 なんでそんなことをしてくれるのか。

 「私があなたのお姉ちゃんだから」これ以上の力強い答えはないでしょう。

 

 

 怪訝そうなさとり様に、心底嬉しそうなこいしちゃんが抱き着く場面で幕は閉じます。サードアイを閉じた経緯は語られませんでしたが、「瞳を閉ざしてから自信なさげに接するようになった」とあるように、さとり様はこいしちゃんに何らかの負い目を感じているのかもしれません。

 それでも、さとり様はこいしちゃんのお姉ちゃんなんだということを強く感じられるお話でした。素敵な物語をありがとうございました。